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プロフィール

PROFILE
濱口 瑛士(ハマグチ エイシ)

濱口 瑛士(ハマグチ エイシ)

少年画家
画家。2002年 東京都世田谷区生まれ。
東京大学先端科学技術研究センターと日本財団の共同プロジェクト「異才発掘プロジェクトROCKET」第1期スカラー候補生。
3歳頃から絵を描き始める。物語を作ることも得意。
絵以外に興味のあるものは、世界史(特にローマ史)民族や宗教問題。
尊敬する人物は、ローマ皇帝アウグストゥス、教皇ヨハネパウロ2世。
言語IQ133。
好きな言葉は「君の覚えた小さな技術をいつくしみ、その中でやすらえ」(マルクス.アウレリウス.アントニヌス帝)

2015年初の作品集「黒板に描けなかった夢〜12歳、学校からはみ出した少年画家の内なる世界」(ブックマン社)を出版。

2017年11月、2作目の作品集「書くこと と 描くこと」(ブックマン社)を出版。

2018年6月、初めての絵本「ダビッコラと宇宙へ」を、雑誌MOE(白泉社)にて発表。

ROCKET

異才発掘プロジェクトとは

日本財団と東京大学先端科学技術研究センター(以下、先端研)は、異才を発掘し、継続的なサポートを提供することで、将来の日本をリードしイノベーションをもたらす人材を養成することを目指し、2014年12月に「異才発掘プロジェクト ROCKET(Room Of Children with Kokorozashi and Extraordinary Talents)」を始動しました。

⇒異才発掘プロジェクト ROCKETウェブサイト

本プロジェクトは、突出した能力はあるが、現状の教育環境に馴染めず不登校傾向にある小・中学生を選抜し、継続的な学習保障及び生活のサポートを提供するものです。
その一環として、トップランナーの生き方を学ぶセミナーや、国内外研修旅行などの学ぶ機会を設けています。

< 海外研修旅行に参加して >

2015年パリ訪問の心象

Lumiere et ombre
~光あるうち光の中を歩め~
Lumiere et ombre~光あるうち光の中を歩め~

サクレクール教会にて
パリでの最後の日
私はビザンティン様式の美しい教会へ向かった。
その道中で私はパリで最も治安の悪い地域を通り抜ける必要があった。
建物は落書きだらけ、窓は破られ、人々の目は絶望と悲しみにあふれていた。
この地の人々は生きるために悪事に手を染めなければならない。
たとえ本心でそれを望んでいなくとも。神様は彼らに生きる事を望んでおられるだろう。しかし悪事に手を染めることは悲しく思っているはず。彼らは罪人なのだろうか?この世は不条理だらけだ。彼らは我々が想像し得ない苦しみと悲しみの十字架を背負っている。この前会ったフランスの市民団体の方がおっしゃった事を私はやっと理解した。街を抜け長い階段を上がると教会へ着いた。教会の門は誰にでも、平等に開いていた。教会の中には祈るための席があり、脇の看板にはこう書いてあった。
「祈りたい者は誰でも入れ。」
辺りを見渡すとフランク人、黒人、イスラーム教徒、様々な人々が聖歌に合わせ祈っていた。彼らが何を祈っているかはわからない。しかし、そこには希望があるように、私には見えた。
私も祈った、今まで会った貧しき人々が救済されるように、暖かい家で暖かい食事が食べられるように、せめて生きる事に絶望しないように。
教会の門を出たところに、ひれ伏して恵みをこう若い女性がいた。私が少しばかりのお金を渡すと彼女はなんども感謝の言葉を口にした。私も十字を切って、通じているはずのない日本語でわたしが言えたことではないが、どうか希望を捨てず生きてください、と語りかけた。
この世は悲しい。多くの人が悪事に手を染めなければ生きていけない。私は力をつけよう。人々にほんの少しでも希望を与えられる絵を描こう。と思ったのだ。

2016年アウシュビッツ訪問の心象(二部作)

汝ら人を裁くな 
〜そは汝の裁かれざらんがためなり〜
汝ら人を裁くな 〜そは汝の裁かれざらんがためなり〜
希望なくして生きていくことはできない
希望なくして生きていくことはできない

二つの作品を通して、、、
人は完璧な存在ではない。悪があるこそ善があり
悪があるこそ善いことをする人間になれる余地がある。

アウシュビッツ、ハダマー精神病院訪問の心象

旅の結論はまだまだ出せない。
一生を通して考えていくべき課題である。
私はこれからどうすれば良いのか?
私の善意は独善的で自己中心的であることを理解した。
私は自分の怠惰さと贅沢さに呆れた。
自分が心の中では多くの人を差別していることを認識し愕然とした。

人間は善良な魂を持っていても、小さなふとしたきっかけで、残酷な悪魔になり得る存在である。
自分の罪深さをこれほど意識したことは今までなかった。

今も私の中には鮮明にハダマーとアウシュビッツの情景が残っている。
その光景は決して忘れることはないだろう。
私は被害者の苦痛は想像もつかない。彼らの姿からから読み取れたものは、彼らの、自分に取り憑いた死神の力を知っている、諦めきった眼差しであった。
しかし、加害者の気持ちは被害者より簡単に予想できた。自分が、その要素を持っていることが痛いほど解ってしまう事実である。
私たちは生まれてからずっと常に何かを犠牲にして生きている。

この旅では多くの素晴らしい気づきを得ましたが、同時に生きることの辛さと恐ろしさを知りました。この旅は言葉にできないほど重い、苦しい旅だった。
私はこれからは自分の愚かさ罪深さを常に感じ、自分を見つめていくことを目指します。